「難しいことを優しく、優しいことを深く、深いことを面白く。」
この言葉は、ドラマケーションの講師として場に立つとき、とても大切な姿勢を表しているのではないだろうか。
講師をしていると、どうしても「ちゃんと説明しなきゃ」と思う瞬間がある。
目的を伝えて、何を学ぶのかを丁寧に説明して、安心して活動に入ってもらう。
これは授業や研修ではとても大切なことだと思う。
だからドラマケーションがそれを否定しているわけではない。
ただ、ドラマケーションは少し違う入り口を選んでいる。
ドラマケーションは、演劇そのものを扱うわけでも、演劇ワークショップでもない。
演劇的な要素や訓練を、誰でも受け取りやすい形に応用した「遊びのアクティビティ」を通して行うワークショップだ。
どこか懐かしい、子どもの頃に夢中になった身体の遊びのようなものでもある。
その遊びの中では、人はあまり考えない。
むしろ、考える前に動いている。
誰かに合わせたり、
場の空気を感じたり、
迷いながら挑戦したり。
つまり、実はもういろいろな力を使っている。
でも本人はこう言うことが多い。
「いや、特に何もしていないです。」
「ただ楽しかっただけです。」
ここに、ドラマケーションの面白さがあると思う。
ドラマケーションの講師は、何かを教える人ではない。
参加者の中にすでに現れていた価値を見つけて、それに名前を与えて返す人だ。
活動のあとにこう伝える。
「今、自然に周りを見て動いていましたね。」
「誰かのアイデアを受け取って広げていましたね。」
「失敗してももう一度挑戦していましたね。」
すると参加者は、少し驚いた顔をする。
「言われてみれば、確かにそうだったかもしれない。」
そんな感覚が生まれる。
つまり、もうできていたことが、あとから「分かる」になる。
一般的な学びは、「分かる」から始まることが多い。
説明を聞いて理解して、それから実践する。
でもドラマケーションでは、少し順番が違う。
まず遊びの中で「できている」。
そのあと振り返って「気づく」。
言葉をもらって「分かる」。
そして日常で「使える」ようになる。
つまり、最初からすべてを説明するのではなく、体験の中から学びを見つけていくスタイルだ。
活動の時間は、どちらかと言えばアートに近い。
正解がなく、何が起こるかを楽しむ時間だ。
そして振り返りの時間では、デザインの考え方が入る。
体験の中で起きていたことを整理して、学びとして言葉にする。
だからドラマケーションは、
活動はアート。
振り返りはデザイン。
そんな構造になっているのだと思う。
ここで思い出す言葉がある。
Nikeの有名なコピー
”Just do it” 「とにかく、やってみよう!」
そして
ブルー・リーの言葉
“Don’t think, feel.” 「考えるな、感じろ。」
ドラマケーションの場でも、どこか同じことが起きているのかもしれない。
考えてから動くのではなく、
動いたあとで気づく。
難しいことを優しく。
優しいことを深く。
深いことを面白く。
ドラマケーションの講師は、もしかしたらそんな役割なのではないだろうか。
参加者が「ただ楽しかった」と笑っているその裏側で、
実はたくさんの力がすでに使われている。
その価値を見つけて、言葉にして、手渡す。
それが、ドラマケーション講師の醍醐味なのだと思う。
