教育や研修の場でよく聞く言葉に
「主体性」 と 「自主性」 があります。
なんとなく似ている言葉ですが、この2つは同じものなのでしょうか。
実は、少し視点を変えると違いが見えてきます。
まずシンプルに整理してみます。
自主性とは、
「言われなくても自分から動くこと」。
一方で
主体性とは、
「自分で意味や目的を考え、判断して行動すること」です。
つまり一言で言うと
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自主性=言われなくてもやる
-
主体性=自分で考えて決める
という違いになります。
例えば学校の掃除で考えてみると分かりやすいかもしれません。
先生に言われなくても掃除を始めるのは「自主性」。
でも、どうすれば教室がもっときれいになるかを考え、役割を決めて掃除するのは「主体性」です。
自主性は行動のスタートの姿勢。
主体性は思考や判断の質と言えるかもしれません。
主体性・自主性・当事者意識・オーナーシップ
もう少し整理すると、現場で混ざりやすい概念は4つあります。
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自主性
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主体性
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当事者意識
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オーナーシップ
それぞれを問いの形で考えてみるとこうなります。
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自主性:「言われなくてもやる?」
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主体性:「自分で考えて決めている?」
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当事者意識:「これは自分の問題?」
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オーナーシップ:「結果まで責任を持つ?」
行動のプロセスとして見ると
自主性 → 主体性 → 当事者意識 → オーナーシップ
と深まっていくイメージです。
ただし多くの組織では、
「主体性を持て」と言いながら、実際には
「自主的に動け」
を求めていることが多いのではないでしょうか。
このズレは意外と大きい気がします。
主体性は性格ではなく「場」で生まれる
もう一つ大事だと思うことがあります。
主体性は個人の性格や能力の問題ではなく、
場の設計によって生まれるものではないだろうかということです。
主体性が育つ場には、いくつか共通する条件があります。
① 安心(心理的安全)
失敗しても大丈夫だと思えること。
否定されない、笑われないという安心があると、人は試してみようと思えます。
② 選択(自由度)
やり方を自分で選べる余白があること。
正解が一つしかない場では主体性は生まれにくいかもしれません。
③ 関係(つながり)
主体性は個人の能力というより、関係の中で生まれるものだと思います。
誰かと一緒に何かを作るとき、人は自然と関わろうとします。
④ 意味(自分ごと)
「なぜやるのか」が見えていること。
意味が分からないと、人はどうしても“やらされ感”になってしまいます。
こうして見ると主体性は
安心 → 選択 → 関係 → 意味
という流れの中で自然に立ち上がるものなのかもしれません。
実は主体性を壊してしまう大人の行動
ここで少し視点を変えてみます。
主体性は「育てるもの」というより、
邪魔しないと自然に出てくるものなのではないでしょうか。
そう考えると、主体性を壊してしまう大人の行動も見えてきます。
例えばこんなことです。
すぐに正解を言う
答えをすぐに教えてしまうと、人は考えなくなります。
すぐに助ける
困る前に手を差し伸べると、「誰かがやってくれる」という学習になります。
評価を急ぐ
「いいね」「違うね」とすぐ評価すると、人は正解探しを始めます。
指示が多すぎる
細かく指示されると、行動はしても思考は止まります。
意味を全部説明する
大人がすべての意味を説明すると、参加者は自分で意味を見つけなくなります。
こうして並べてみると共通点があります。
それは
大人がやりすぎている
ということかもしれません。
ファシリテーターの役割は「教えること」なのか?
ワークショップや研修の場で考えると、
ファシリテーターの役割は「教えること」ではなく
場をデザインすること
なのではないだろうかと思います。
答えを与えるのではなく
意味を作る余白を残す。
つまり
安心できる柵の中で自由に動ける場
をつくること。
その中で参加者が
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試してみる
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関わる
-
発見する
そんなプロセスが生まれるとき、主体性は自然と立ち上がってくるのではないでしょうか。
主体性を「育てよう」とするよりも、
邪魔しない場をつくること。
それが実は一番大事なのかもしれません。
どうでしょうか。
