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「自分のことは棚に置いて言う」と、

人はよく、こんな言い方をする。

「自分のことは棚に置いて言うけど…」

でも、この言葉に少し引っかかることがある。
自分のことを棚に置いた瞬間、それってもう“自分事”じゃなくなるんじゃないか?と思うのだ。

すると、その言葉はどこかで聞いたような
「偉い人の理想論」になってしまう気がする。

本にも書いてあるし、誰かが言っていた正論。
でも聞く側としては、こう感じることもあるのではないだろうか。

自分ができないことを、人に押し付けているだけじゃない?

もちろん、理想を語ること自体が悪いわけではない。
むしろ人は、理想があるから前に進める。

ただ、語り方によって受け取り方は大きく変わると思うのだ。


「完成された理想」と「未完成の理想」

例えばこんな言葉がある。

人は怒るべきではない。

正しいかもしれない。
でも聞く側は、少し身構えることがある。

「あなたはできている人で、私はできていない人」
そんな上下関係が生まれてしまうからだ。

一方で、こう言われたらどうだろう。

自分もすぐ怒っちゃうんだけど、もう少し落ち着けたらいいなと思ってる。

すると不思議と、こう感じないだろうか。

わかる。自分もそうだな。

ここには
できている人と、できていない人という関係ではなく
途中にいる人同士の関係がある。

だから共感が生まれる。

もしかすると人は、
完成された理想よりも、未完成の理想に共感するのかもしれない。


まとめると、

「自分のことは棚に置いて言うけど…」

この言葉が少し引っかかるのは、
もしかするとそこに

評価の立場

が生まれてしまうからなのかもしれない。

逆に

自分もまだ途中だけど、こうありたいと思う。

そんな言葉だったらどうだろう。

それは理想論というより、
一緒に考えるための言葉になる気がするのだ。

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